軍事機密のスパイ疑惑から、フランスが二つに引き裂かれるほどの大事態となった事件。フランスの歴史上で最大のスキャンダルとなり、後世に渡って大きな影響を及ぼした。
1894年、パリのドイツ大使館にある武官の部屋のゴミ箱から、フランス陸軍の軍事機密が書かれた紙くずが発見された。
当時はドイツとの軍事的緊張が高まる渦中であったため、フランス陸軍の内部で大問題となり、すぐに調査が開始されることになった。
軍事機密と共に添えられた手紙には、「これから軍事演習に行きます」との文言と「D」のイニシャルが添えられていた。
このことから、陸軍内部に内通者がいることは明らかだった。さらに砲兵の陣形に関する機密情報があったことから、陸軍の砲兵部隊所属でDのイニシャルを持つ人間が疑われることになった。
新聞もすぐにこの事件に食いつき、事件は大々的に報道された。当時のフランスはドイツとの戦争に敗れたばかりで、莫大な賠償金の支払いに追われ、国内の経済は大打撃を受けていた。大量の失業者が発生する惨憺たる状況だった。
世論はひどい国内事情の憂さをぶつけるようこの事件に飛びついた。報道は過熱し、世論は犯人がつかまらないことに怒りを募らせ始めていた。