驚異的なスピードで運行していたクロウハーストの船は、実は出航の前後からミスと不具合に立て続けに見舞われていた。
クロウハーストはあまりに時間が無い中での出航準備に追われたためか、なんと船を修理するための工具類の一式を全て港に置き忘れたまま出港していた。
スタートからわずか2週間後には、船はわずかではあるが浸水しはじめた。防水加工を施したはずの箇所の整備が甘く水が浸みだしていたのだ。
水を汲み出す排水ポンプを作動させるが、これが動かなかった。工具さえあれば、これらの対処も可能なのだが、それも不可能だった。クロウハーストは手で水を掻き出す作業に追われることになった。
さらに、三胴式帆船に特有の強風への弱さも克服出来ていなかった。強い風が吹く度に船は流され、大きく円を描くようにしか進む事が出来なかった。
出航からわずか2週間後の日誌にはこう記されていた。
「これほどひどい状況で航海を続けるのは狂気の沙汰だろう。私に残された別の可能性について考えてみよう」
「別の可能性」とは何か。それは走行距離を偽ることであった。クロウハーストは1日に390キロもの距離を進んだとする報告を行っていたが、これは真っ赤な嘘であったのだ。
実際の航海日誌に記されていた1日あたりの航行距離の平均は、390キロに遠く及ばないわずか80キロ程度しかなかった。
12月頃からクロウハーストは2つの航海日誌に別々の記録を付け始めていていた。一つは実際の航海の記録を記したもの。もう一つはクロウハーストの願望とも言える優勝争いを演じる嘘の日誌だった。
クロウハーストは嘘の日誌につけた報告を日々報告してきていた。現地のラジオで天候をチェックし、これに合わせて日誌を書き続けたのだ。