そうして航海を続ける中、アルゼンチンのブエノスアイレス付近を航行中に、船首部分の故障がどうにもひどい状況になっていた。
クロウハーストはルールを破り、港へ立ち寄って船の修理をおこなった。これは運営側に知られれば即失格となる行動だった。
クロウハーストが港に立ち寄る姿は、ブエノスアイレスの沿岸警備隊に見られていた。しかし、なぜかこれが報告されなかった。
こうして、運良く再びレースに復帰できたのだが、このことが後にクロウハーストを果てしない絶望に追い込むことになる。
こうして、クロウハーストが様々なルール違反を犯しながら航海を進める中、モアテシエがレースを棄権し、クロウハースト、テトリー、ジョンストンの3名だけが残ることとなった。
この時点で、運営側が把握していた順位はトップがテトリー、僅差で追うクロウハーストが2位、大きく離されてジョンストンという状況だった。
クロウハーストが嘘をついているとも知らない本国では、彼に対する声援は凄まじいものになっていた。
この状況は本国から送られて来る無線で、クロウハーストも知っていた。クロウハーストはこの声援に応えるように、架空の自分がいるはずのニュージーランドの放送局の天候をラジオで必死にチェックし、もう一つの日誌に日々書き続けていた。
クロウハーストの心の中では既に嘘を告白できない状況になっていた。どうしたら栄冠を手にしつつ、嘘の辻褄が合わせられるか、そればかり考えていた。
そうして考えを巡らせた結果、奮闘の末に2着でのゴールというストーリーを思いつく。1位でゴールすれば航海日誌を厳しく調べられるが、2位であればさほどチェックも厳しく無いだろうと考えたのだ。
確かに、これほど過酷なレースで、さらにクロウハーストが新人であるという事実を考えれば、2位でも目覚ましい快挙を成し遂げた人物として称えられた事だろう。
しかし、1位を走るテトリーが航行不可能な状況に陥ってしまったことで、このストーリーは崩れ去った。
真面目にレースを行っている人間であれば、これは喜ぶべき状況のはずであった。だが、クロウハーストにとって、それはひどく残酷な状況であった。
今まで報告していた航行ペースを考えれば、クロウハーストの優勝は確実な状況になってしまったのだ。