しかし、一流のミステリー作家であるアガサを持ってしても読み切れなかった誤算があった。それは警察の介入と新聞の報道であった。
前述した通り、アガサは失踪した日に、アーチボルトの弟に宛てて手紙を送っていたが、そこには「ヨークシャーの保養地に行こうと思っています」と書かれていた。
つまり、潜伏先についてのヒントを残していたのである。そのため、まさか警察が動く事態になるとは思わず、ここまで注目されることも予想していなかったのである。
手紙の文面にも関わらず、ノースヨークシャー州には捜査の手が伸びなかった。そのため、日を経過するごとに報道は加熱し、あまりの騒ぎになってしまったことで、数日間だけ隠れている予定だったはずが、出るに出られなくなってしまった。
そんな状況の時に、通報によって発見されたのであった。アガサが発見された直後アーチボルトにはこの事件の真実を話していた。
しかし、アガサを始め、真相を知るアーチボルトやナンも、警察やマスコミにはいっさい事件の真相を話さなかったため、不可解な謎が残ることになった。
これが、ジャレッド・ケイドが著書の中で記した失踪の理由であった。
確かに、この説は失踪事件に残されている謎を十二分に説明出来るものである。しかし、世間の反応までは予想をしていなかったとはいえ、内気なアガサがここまでのことを実行できたかについてはやや疑問符が残る説でもある。
また、アガサ亡き今となっては、この説の信憑性を証明することは出来ないままとなっているのであった。