結局のところ、アガサはアーチボルトに離婚を思い留まらせることは出来なかった。
アーチボルトは、一旦は離婚を棚上げし、アガサと生活を共にしていたが、事件から2年後に離婚し、ナンシー・ニールと再婚した。
その後、アガサは愛する夫との別れに気落ちし、傷心旅行にでる。オリエント急行でイスタンブールやバグダットなどを回る旅だったが、この旅の経験がアガサの代表作の一つ、「オリエント急行殺人事件」として結実することになる。
さらに、この旅で出会った夫妻に、後に紹介された考古学者マックス・マローワンとは、生涯にわたる関係を築くことになった。マックスに求婚される形でアガサは再婚したのであった。
アガサはマックスに対し、アーチボルトに感じたほどの恋愛感情を抱かなかったようだが、前夫と違い、創作活動に協力的で、時にアイデアまで提供してくれるおおらかな性格のマックスとの生活は、幸せな状況が続いた。
私生活の充実が創作活動にも良い影響を及ぼしたのか、この頃は「ABC殺人事件」や「そして誰もいなくなった」など、アガサの著作の中でも傑作の呼び声高い作品をいくつも残している。
その後、第二次世界大戦が始まり、その戦火がイギリスにも迫るが、アガサはその中でもハイペースに本を書き続けた。
そうしてアガサが名をあげていく中、マックスは発掘活動の助手であった女性と愛人関係になり、その関係はマックスの生涯にわたって続くものとなる。
浮気はアガサも知ることとなり心を痛めたが、やがて黙認状態となり、離婚などはしなかった。
一方、作家としては、「殺人から最も金儲けをした女性」と呼ばれるほどになり、アガサの著作は絶大な人気を集め、莫大な収入をもたらせていた。
1971年にはその功績が認められ、ナイトの称号を得た。
1976年、アガサは風邪をこじらせたことが元で、ウォリングフォードの自宅で死去した。享年85才だった。
アガサ・クリスティーはその生涯で、66作の長編小説と150を超える中短編小説を書き残し、「ミステリーの女王」として、世界中に愛読者を持つ偉大な作家としてその生涯を送った。
しかし、その私生活は幼き頃の父の死に始まり、2度の結婚とも夫が他の女性に心を奪われるなど、様々な形で愛する人に去られることの多い人生でもあった。
そして、そんな人生に関連すると思われる謎を残した。
初期の代表作のひとつ、「アクロイド殺し」にはこのような台詞が登場する。
「誰しもみな、何かをかくしている」
自身が生み出したこの言葉をなぞるかのように、アガサ・クリスティーは事件の謎を残したまま、この世を去ったのであった。