このアガサの家庭問題は、警察も知る事となる。それはすぐに新聞記者たちの耳にも入り、スキャンダラスな形で取り上げられていく。
このことで、アガサの失踪事件について真っ先に疑われるようになるのは、アーチボルトであった。アガサを邪魔に思い、殺したのではないかとする憶測が盛んに囁かれた。
アーチボルトは日々記者達につきまとわれ、事件が発生した日はどこにいたのか、質問攻めにあった。
しかし、アーチボルトは何をしていたか言おうとはしなかった。このため、アーチボルトはいつ終わるともわからない取材攻勢にさらされ続けることになる。
一方、警察ではアーチボルトの犯行である可能性は早々に除外されていた。事件の発生した日、アーチボルトはナンシーと会っており、その裏付けもとれていたのである。
ナンシーと会っていた事が新聞記者達に知れたら、ナンシーにもひどい取材攻勢が行われるのは目に見えていた。アーチボルトは彼女を守るため口を閉ざしていたのであった。
また、警察では自殺の可能性も低いものと考えていた。アガサが失踪してから三日後にアーチボルトの弟の元に手紙が届いていたが、その文面は自殺をほのめかしたり、精神的に不安定な状況であることを伺わせるものではなかった。
では、アガサ・クリスティーはどこに行ってしまったのか、警察はアガサの知人など周囲の人間への聴取なども行ったが、手がかりさえつかめない状況が続いていた。
新聞では相変わらず、アガサ失踪に関する記事が飛び交っていた。
アーチボルトの犯行説が追求され続ける一方で、ある新聞では情報提供者に対し懸賞金を支払うとする発表が行われ、当時の名高い推理作家達による推理合戦なども行われるようになった。
しかし、そのどれもがアガサの発見には結びつかなかった。他にも、失踪はアガサの自作自演なのではないかという意見も浮上する。つまり、アガサは失踪を自演することで、自身の小説の宣伝を狙ったのではないかと考えられたのだ。
事件は、いまや大変な注目を集め、イギリス中の誰もが知る状況になっていた。