「太陽寺院」もまさにこの手法で信者をコントロールしていったカルトである。トリックを用いた奇跡や妻・夫の入れ替え、「救済教義の固定」段階にある信者による殺人などはその現れだとも言えるだろう。
こうした5段階を辿った信者の精神状態は、重度の麻薬中毒患者と同じである。
終末論を唱えるカルト教団が信者に与える麻薬は、「世界が終わる中、自分たちは生き残る」という、到底実現されることの無い救済教義である。
実現性がないからこそ、それに心奪われてしまった信者たちは、その教義を無限に追い求め続けることになる。
それはまさにカール・マルクスが「宗教は阿片である」として、宗教を幻想的な幸福を追い求める存在だと批判したもの、そのものである。
重度の麻薬中毒者から麻薬を完全に断つのが難しいように、「救済教義の固定」段階に到達してしまった信者を元の社会に戻すことは、非常に困難な作業となる。
だが、唯一子供だけは例外で、特にカルト教団内部で幼いころから育った子供たちは成長するにしたがって、急に救済教義の中毒症状から解放されることが多いのだという。
それは、子供たちが社会に刺激を感じ、そこに生きる目的を見いだすことが出来るからなのだと考えられている。
このことは「太陽寺院事件」で指導者が死に、その内幕が明らかになったあとも、集団死事件が2度も起こったことと深い関係があるように思える。
「太陽寺院」の信者たちの多くは裕福で社会的に立派な地位にある、いわば社会的に成功した人々であった。逆にいえば社会においてすでに目的を実現してしまった人だとも言えるだろう。
つまり、彼らは現実の社会に帰還するだけの目的をもはや見いだせないほどの社会的地位にいた人々であり、だからこそ、救済教義にすがるしかなかったのではないだろうか。
そうだとすれば、もはや彼らが目指すべき道は指導者たちが辿ったのと同じ道しか残されていなかったはずである。
もしかしたら、そもそも彼らが「太陽寺院」に入信した理由もそうした事と関係があったのかもしれない。
結局のところ、教祖なき後に死んだ人々が死に至ったどちらの可能性を検討しても、行き着くのはヨーロッパ社会の暗部や生きる意味という、容易には全容や答えを見いだせない非常に根深い問題である。
そして、それは一連の事件そのものが起きた理由にさえ疑問符を投げかけるものであった。
指導者と多くの信者をうしなった「太陽寺院」では、その後、前述した世界的音楽家マイケル・タバシェニックが教団の指導者的立場についた。
タバシェニックは90年代の終わりに、この事件の大量殺人に関与した容疑でフランスの司法当局に起訴されることになった。
しかし、殺人に関与した証拠は見いだせず、2001年に無罪の判決が下された。司法当局は控訴し、2006年に再び裁判が開かれたが、判決が覆ることはなかった。
「太陽寺院」は現在も活動を続けており、世界で150~500名ほどの信者が存在すると見られている。