レドリュの場合はどうだったのであろうか。
彼の場合も、被害者との因果関係が存在しないことや、事件発覚時に罪を素直に認めていること、身近なものが凶器に使われていることなどで夢遊病との共通点が見いだせる。
そして、実際に夢遊病との診断が下されているわけだが、精神鑑定の結果などが残されていないため、不明な部分が多く、実際にどのような夢をみていたのか、事件を引き起こすだけの心理的な葛藤などがあったのかなどはわからない。
しかし、その要因については、彼の捜査手法に関連があるのではないかと言われており、こんな仮説が考えられている。
レドリュは犯罪者を自分と重ねる合わせ、犯人の心理を読み解くことでいくつもの事件を解決してきた。
しかし、そうして犯罪者の心理に深く潜っていく行為を繰り返していくことで、いつのまにかレドリュの深層心理の一部が犯罪者の心理と同化していってしまう。
そして、疲労が蓄積した時に夢遊病が発症し、夢の中で殺人犯の心理が具現化し、殺人を犯してしまった。
この仮説は、哲学者ニーチェの有名なある言葉を思い起こさせる。
“怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ”
レドリュも殺人犯という怪物と深く対峙しつづけたことで、その深淵をのぞいてしまったのかもしれない。
事件のあとレドリュは裁判にかけられたが、夢遊病で無意識の状態であったことが立証されたため、無罪となった。
ただし、睡眠時に他人に危害を加える危険性があったため、医師からは睡眠中は安全な方法をとるよう勧められた。
レドリュはこの勧めを忠実に守り、夜間は刑務所の中で寝るという日々を、86歳で死ぬまでの52年間に渡って守り続けたという。
レドリュ事件は、知らずのうちに自分が起こした殺人事件を捜査し、解決してしまった史上唯一の事件である。