この実験では、報告した被験者、報告をしなかった被験者、そのほとんどが発作を起こした人間が危険な状況になっていることを理解していた。
報告した人間は、助手が病人を確認して「大丈夫だった」と伝えたところ、非常に安心した表情を浮かべた。
報告しなかった人間の多くも、病人のため実験が中断され、助手が部屋に入って来たときに病人の安否を確認したが、このときに汗をかいていたり、非常に緊張した表情を浮かべていたとりと、報告しなかったことに対する葛藤が表れていたという。
このことから、行動をしなかった人々も、緊急事態に陥っている人間に対し、関心を持っていなかったわけではないことが明らかになった。
彼等は行動をしなければいけないという思いを抱えながらも動くことが出来ず、そのことに対する後悔や戸惑いを感じていたのである。
こうしたビブ・ラタネとジョン・ターリーの実験の結果、ジェノヴィーズ事件の目撃者たちは、社会的な「無関心」とか「冷たさ」によって報告をしなかったのではなく、他の目撃者の存在のために事件を報告しなかったということが明らかになった。
ラタネとターリーはこれを「傍観者効果」と名付け、こうしたことが起きる理由として、次の3点を挙げている。
1つめは「多数の無知」と呼ばれるもので、危機的状況にいあわせた人々は、他人が行動しないことを見て取ると、緊急事態ではないと判断し、行動しにくくなるとしている。
2つめは、「責任の分散」が起こるとした。「自分が動かなくてもきっと誰かが行動を起こすだろう」と考えたり、周囲が行動していないのであれば、自分も行動しなくても、その責任は他の傍観者たちとの間で分散されると考え、行動しずらくなってしまう。
3つめは、「評価への懸念」。行動を起こしたあとで、周囲から批判されたりするのではないかという心配によって、動きが制限されるというものである。