こうしてアガサは発見されたわけだが、これだけ盛んに報道されていたにもかかわらず、なぜ、通報されるまで誰もテレサ・ニールがアガサ・クリスティーだと気づかなかったのだろうか。
これはハロゲートの場所柄が大きく関係していた。
ハロゲートは鉱泉保養地として有名な場所で、主にイギリス社会の上流階級に属する人々が逗留する場所だった。
そこには、名だたる有名人や政府の要人などが訪れていたため、プライバシーに関することを追求したりすることは控えられてきた。こちらも追求しない代わりに他人からも追求されない。そんな暗黙のルールが存在していたのである。
現に同ホテルに泊まっていた客の中には、早い段階からアガサ・クリスティーだと気づいた人間もいたのだが、それをどうこうしようなどとは、誰も思わなかった。
警察に通報した人間は、当地のホテルで客を楽しませるために演奏していたバンドマンであった。