当時のマフィアの力は凄まじいものがあり、彼等は「アンタッチャブル」(触れてはならない・触れられない存在)として恐れられていたが、公然とマフィア打倒を掲げる人物も現れていた。
1935年にニューヨーク州の特別検察官に任命されたトマス・デューイは、目下マフィアを壊滅させるべく活動を続けていた。
デューイが目を付けたのは、当時、ビールの密輸から「ナンバーズ」の胴元として転身していたダッチ・シュルツだった。
デューイは特別捜査官に任命される前からシュルツを追っていて、脱税の容疑で幾度か裁判に持ち込んでいたのだが、陪審員を買収されるなどの妨害工作にあい、刑務所に送り込むまでには至っていなかった。
だが、ここに来て殺人容疑での立件の目処が立ち、デューイはシュルツを追い込むあと一歩の所まできていた。これにシュルツは慌てふためいた。気の短いシュルツはデューイに憎しみを抱き、「マーダーインク」にデューイの殺害を依頼した。
この依頼を受けてアナスタシアは驚いた。いくらデューイが組織の敵だと言っても、本当にデューイを殺害してしまえば、国家を敵に回すことになる。
これは完全にコミッションのルールを逸脱する依頼内容だった。アナスタシアはすぐにルチアーノにこの事を報告した。
この報告はルチアーノの頭を悩ますこととなった。デューイを殺害する目的で「マーダーインク」を動かす事など言語道断であるが、問題は「マーダーインク」が動かないとわかったとき、気の短いシュルツのこと、間違いなく自らデューイを殺害するために動いてしまうということだった。
頭に血が上ったシュルツは手がつけられず、どんな人間の説得も効果がないことは目に見えていた。
ルチアーノは悩んだ末に、シュルツを組織を危険にさらす人間だと判断し、逆に「マーダーインク」にシュルツの殺害を依頼した。
この特別な依頼は、チャールズ・“バグ”・ワークマンが請け負うことになった。ワークマンはシュルツがレストランのトイレで手を洗っているところに後ろから近づき、マシンガンの銃弾を浴びせた。
シュルツは致命傷を負いながらも生き延び、病院に運ばれた。ベッドに横たわるシュルツに対し、警察は尋問を行ったが、組織については何も話さないままシュルツは死亡した。