そんななか、さほどヨット乗りの経験の無い一風変わった挑戦者もレースへの参加を表明した。
男の名はドナルド・クロウハースト。ヨットの操縦は素人に毛が生えた程度の腕前しかない船舶技師で、ヨット界では全く無名の存在だった。
クロウハーストは何かに挑戦することが人一倍好きな男で、偉業の達成者になることを常々夢見ていた。
前述した1950年代からの様々な偉業達成の一報を聞く度に「なぜ自分ではないのか」と悔しい思いを仲間達に話していた程であった。
クロウハーストは独自に開発を続けてきた船舶運行の補助機械「ナビゲーター」開発に成功し、この機械の販売で少なからず成功を収めていた。
それは彼一流の挑戦心が功を奏した結果だったのかもしれない。しかし、クロウハーストはその挑戦心と負けず嫌いな性格のために、過去に苦い経験もしてきていた。
クロウハーストは以前軍隊に所属していたのだが、仲間の安い挑発に乗って、夜中に兵舎の中をバイクで疾走するという問題を起こし、除隊に追い込まれる憂き目にあっていた。
その後、陸軍に転籍するのだが、仲間と酒を飲んでいるときに、再び挑発に乗って車を盗み捕まってしまう。そうして陸軍からも追い出され、船舶技師の職に就いたのであった。
その挑戦心によって、辛酸をなめることもあったクロウハーストだが、彼にとって何かに挑戦することは無情の喜びを感じる瞬間でもあった。
そんな性格だっため、クロウハーストはこのレースの開催を知って、飛びつくように参加を決めた。クロウハーストが狙うのは、後世に名を残すであろう最短記録への挑戦であった。
しかし、レースの準備は並大抵のものではなかった。世界一周に耐えられるだけのヨットの準備や様々な物資、それらだけでも多額の出費が必要になるが、その上、家族のために、一年あまりにも及ぶレース期間中の当座の生活資金も用意しなければならない。
レースへ参加するためには多くの資金が必要とされたのだ。