警察の聞き込みの結果、ジェノヴィーズの叫び声を聞いて、事件を見聞きしていた周囲の人間の数は38人もいたことがわかった。
モースリーが30分間に渡って犯行を行っている間、その38人の目撃者たちは、誰も警察に通報しなかったのである。
これには警察も驚くしかなかった。これほど多くの人間が事件を見聞きしていたにもかかわらず、誰も通報しないなどという事例は今まで経験したことがなかったからだ。
なぜ彼等は誰も警察に通報しようとは思わなかったのだろうか。犯罪が多発する地域なので住民も慣れっこになっていたのだろうか。それとも、彼らは警察に通報できない何かしらの理由があったのだろうか。
だが、事件の現場付近は、主に中産階級の普通の人々が暮ら住宅街で、犯罪が頻発に起きる地域ではなかった。
いつもと違う点を強いて上げるとすれば、翌月から当地で開催される万国博覧会の開催をひかえていたことぐらいで、事件は付近の住民に大きな驚きと恐怖を巻き起こしていた。
つまり、彼らが犯罪に慣れすぎて警察に通報する気も起きないような状況にあったわけではなかったのだ。
また、事件の目撃者たちは、警察の聞き込みにも快く応じ、刑事達もその態度に好感を持っていたほどで、善良な市民たちに思えたという。
それでは、夜中に起きた事件だったため、暗くてよく見えず、事件だと認識出来なかったという可能性はないだろうか。
確かに事件を見聞きした住人の中には「ただのカップルの喧嘩だと思った」「なにをしているのかわからなかった」と、事件が起きていることを把握できなかった人間もいたのだが、ほとんどの人間が事態を把握していた。
事件を把握していたのに通報しなかった人々は、通報しなかった理由を警察に聞かれ、「なぜ通報しなかったのか自分でもわからない」、「疲れていたから窓の下で起きていることを見たあと、すぐに寝てしまった」、「巻き込まれるのが怖かった」と様々な理由を語っている。
警察に最初に通報した男性は、通報するまでに相当に迷ったことを口にしている。彼は早く通報しなければとは思いながらも、なかなかその決心がつかなかった。
警察に通報する前に友人に電話をかけて相談を仰ぎ、さらには屋根伝いにアパートの隣人の部屋に行って、そこから電話をかけたのだという。